研究グループの紹介

FACグループ

1.研究背景

火力、原子力発電所で用いられている冷却水用の配管では、水の流れによって配管の厚みが薄くなる現象、流れ加速型腐食(FAC)が生じます。FACが進行すると、薄くなった配管はやがて破損して中から高温の水が噴出し、大事故に至ります。国内での代表的な事故として、2004年8月、美浜原子力発電3号機の冷却水配管の破損事故が挙げられます。この事故では、オリフィス流量計下流の配管が破損しました。FACが配管のどの部分で生じ、いつ破損に至るのかを予測することは、発電所を安全に運用するうえで重要です。FACは、曲り管を通過する偏った流れなどの影響により、配管表面の金属の溶け出す速度、物質移行係数が大きくなることで進行するのではないかと予想されています。FACの要因として3つ(流体力学、水化学、材料)挙げられますが、本研究では流体力学的観点から、オリフィス下流部、エルボ、T字管における流れ場を対象として粒子画像速度測定法(Particle Imaging Velocimetory)法と電気化学的手法を用いた実験的研究を行なっています。

  •  図1 FACの要因
  •  図2 オリフィス下流の流動場(平均流線)

2.PIV(Particle Image Velocimetoy、粒子画像速度計測法 )

流体内にトレーサー(数ミクロンの粒子)を流入させ、その粒子の運動を可視化し,速度を測定する最新の流体計測技術です。

  •  図3 PVI計測の原理

  •  図4 PVI計測結果の一例

3.物資移行係数の計測

FACを高精度に予測するモデルの実現に向けて、流れの速さ、配管形状、温度のパラメータが配管表面の物質移行係数に与える影響について定量的に評価します。配管の金属は、電子を奪われることによりイオンとなり、表面から溶け出します。同様に、金属イオンを含む薬品に通電すると、電極とイオンの間で電子の交換がなされ、電子を電極に与えたイオンは表面から離れます。この原理によって配管表面の現象を再現し、自作装置を用いて流れと表面の物質移行係数の関係を調べます。

  •  図5 電気化学的手法

4.主な成果と今後の予定

これまでに、オリフィス流量計の下流領域における物質移行係数の分布と、物質移行係数の温度依存性について、前述した原理を用いて調査を行いました。物質移行係数(k)は、流れの速度を表すレイノルズ数Reに依らず、一定の位置で最大値をとることが分かりました。  物質移行係数は、温度に比例して大きくなることが分かりました。実験で求めた物質移行係数と温度の関係から、 140℃(発電機のタービンを通過した直後の冷却水の温度)での物質移行係数の値を予測したところ、物質移行係数の最大値(kmax)は、室温30℃の物質移行係数と比較して約3倍大きくなることが分かりました。 現在、曲り管の管内における物質移行係数の分布を測定中です。同時に、流動場のシミュレーションを行うグループ、配管内の流れの様子をレーザーとハイスピードカメラを用いて可視化するグループらとも協力して、FACの予測に取り組みます。グループとの共同研究では、数値解析の示す配管表面の物質移行係数の値と実験によって求めた物質移行係数の値が僅かにずれる事象について、原因究明を行っています。さらに、流動場の可視化と物質移行係数の測定を同時に行い、流動場と物質移行係数の因果関係を明らかにする予定です。本グループと協力してまとめ上げた一連の実験結果は、民間の研究機関と共同開発しているFAC予測モデルに反映されます。FAC予測モデルは、火力・原子力発電所を安全かつ効率よく運営する上で不可欠なモデルです。

界面グループ

1.研究背景・目的

固体平板上を流下する液膜のViscous Fingering現象は、工業プロセスや冷却システムにおいて大きな影響を及ぼします。たとえば改良型PWR原子炉の受動的格納容器冷却システムでは、冷却水が格納容器上を流下する際に接触線(気-液-固)が不安定化して指状の流れとなり、ドライパッチ(乾いた部分)の発生により冷却効率が低下します。このように冷却において重要な役割を果たすにもかかわらず、測定手法の限界によって十分なモデルの検討がなされていません。そこで本研究は界面の2次元同時測定を行い、接触角がフィンガーの発達過程や形状に及ぼす影響を定量的に評価することを目的として行っています。

2.研究内容

図に示すような傾斜した流路に液体を流し、液膜の接触角やフィンガー形状などの測定を行っています。測定には二次元光学測定手法である勾配‐色情報変換法を用いており、得られた勾配分布を積分することで界面形状の再構成が可能です。作動流体や流路底面の材料を変更することで接触角がフィンガリング現象に及ぼす影響の解明を目指しています。また、接触線の運動をより詳細に解明するための高精度光学的測定や分子動力学的アプローチも行っています。

  •  図1 実験流路
  •  図2 液膜の再構成結果

  • 図3 分子動力学を用いた白金上の水の接触線挙動の解析

乱流グループ

1.研究背景

物体が移動するとき、必ず空気、水などの周囲の流体から粘性に起因した抵抗を受けます。この粘性による壁面せん断応力は航空宇宙、地球物理学などあらゆる分野で非常に重要となります。特に航空機、自動車、船舶等の輸送機器においては、粘性抵抗が主要なエネルギー損失源であり、空力性能に大きな影響を与えます。粘性抵抗が5-10%減少した場合、航空産業単独で年間10億ドル相当の燃料の削減が見込まれています。流れの中の物体の表面には、粘性の影響により強いせん断層を持つ薄い境界層が発達します。境界層内部の流れ方向速度は、物体表面上ではゼロであり、主流へ向けて急激に増加します。この速度勾配が大きいと粘性力が大きくなることから、壁面せん断応力を見積もるためには境界層の性質を解き明かすことが重要となります。

2.研究目的

通常、船の底には海中生物の付着を防ぐために船舶塗料が塗装されています。船舶塗料には海中生物の嫌がる成分である防汚剤とポリマーが含まれており、それらは非常に緩慢に周囲の海水に溶け出していきます。ポリマーが海水中に添加されることにより摩擦抵抗が大きく低下しますが、その過程で船体表面にわずかな凹凸が発生し、抵抗増加につながります。本研究では、船舶分野における燃費向上を目的とし、スペクトル解析を用いて高次の統計量を調べることによって表面形状による境界層内の組織構造の変化について考察します。そのうえで、表面形状による摩擦抵抗の変化と組織構造の関係を明らかにすることを目指します。

  • 壁乱流の普遍的性質の解明を目的とした速度スケーリングと確率密度関数型に関する研究
    境界層風洞、チャネル風洞に対して実験をおこない、速度分布の比較から壁境界条件の違いによる影響の考察、準対数領域の定義等を通じて壁乱流の基本的性質の解明を目指しています。
  • 船舶の燃費向上を目的とした粗面乱流境界層における摩擦損失係数に関する研究
    境界層風洞で150ミクロン程度の凹凸を持つ複数の粗面上の速度分布を測定し、粘性抵抗に影響を与える粗度パラメータについて研究しています。
  •  図1 室内風洞及びチャネル流路
  •  図2 波上粗面の概略

3.結果及び考察

波状粗面と滑面上に発達する乱流境界層内の速度分布を測定し、スペクトル解析をおこなった。滑面と粗面におけるプレマルチプライドスペクトルを比較し、以下の結論を得た。

  •  図3 平均速度分
  •  図4 プレマルチプライドスペクトラム
  1. 表面形状を変化させると対数領域においてrmsの差異が確認された。摩擦抵抗係数が大きくなるほどrmsも大きくなる。
  2. 表面形状を変化させると、滑面のrmsが優勢となる領域が壁面付近から長波長側へと変化していく。
  3. 表面形状の変化によって摩擦抵抗が大きくなるとy+=15,λ+=200~300程度で高いエネルギーを持つことから、このスケールの渦を崩すことができれば流体摩擦抵抗の低減につながると予想される。

今後は、乱流境界層中の大規模構造と摩擦抵抗係数との関連を調べ、粗面形状の変化と組織構造との相互作用から抵抗低減につながるシナリオを模索する予定です。

数値計算グループ

1.研究背景と目的

発電プラントの炭素鋼配管の減肉事象の一因として流れ加速腐食(FAC)が挙げられる。FACとは炭素鋼配管からの鉄イオンの溶解及び拡散に流動が何らかの影響を与え、腐食を促進するというものである。FACの根本的な流体力学因子は壁面における物質移行係数と考えられる。配管要素の減肉予測評価には、配管要素における物質移行係数と直円管における物質移行係数の比として定義される形状係数が用いられる。本研究では、配管内流れを対象として、プラントの配管系統を構成するオリフィスやT字管といった個別の配管形状毎に詳細な数値解析を行っています。流動場及び温度場の計算から、運動量輸送と熱輸送と物質輸送のアナロジーを介して形状係数の予測をおこなっています。

2.数値計算

 平均流動場、温度場を求める定常計算をRANSを用いて行った。乱流モデルは2次流れを計算可能なレイノルズ応力方程式モデル(RSM)を用いた。温度場計算には乱流プラントル数に基づく代数方程式モデルを用い、作動流体はバルク温度300Kの水として物性値を定数で与えている。温度場は壁面温度が310Kの加熱条件として計算し、入口境界条件は周期境界を用いたドライバー部を別計算することから、その値を受け渡している。また、非定常計算として、LESを用いた流動場の計算も行っている。

3.結果及び考察

 下図はLESによる流れ場の非定常解析を行った例です。流動場に合わせて温度場を計算し、乱流による熱輸送及び壁面における熱伝達の解析も行っています。計算は名古屋大学のスーパーコンピュータを利用して行っています。

  •  図1 オリフィス下流の流線及び乱流エネルギー分布
  •  図2 エルボ管における瞬時の流速分布

  • 図3 T字管合流部における瞬時の流速分布

熱輸送グループ

1.研究目的

ヒートパイプとは、閉じた管の一端を加熱して内部の液体を蒸発させ、他端で凝縮させることによって、小さい温度差で熱輸送をすることができる装置である。凝縮した液を再び蒸発部に戻すために管内壁に毛管作用の働く組織(ウイック)を備えることが最初に行われたのは、米国のGrover(1964)による。しかし、ヒートパイプの実用化は70年以上前に米国G.M.社のS.Gauglerが特許出願したHeat Transfer Device(1942)にさかのぼることができる。その後、米国では人工衛星への応用が進められた。これに対して、欧州では原子力発電所における高温側でのヒートパイプの初期開発がすすめられたようである。近年では、広く熱交換器や電子機器の冷却等に利用されている。  ヒートパイプの構成要素は主に3つあり、容器、ウイック、作動流体である。作動流体は、ヒートパイプの用途、使用温度、熱輸送量、許容熱抵抗、経済性を検討して選定される[1]。最も重要となる熱輸送量は、作動流体のメリット数から見積もることができる。液体の密度:ρ、表面張力:σ、蒸発潜熱:L、粘度:η、使用温度:Tとするとき、

     メリット数=ρσL/ηT    (1)

と定義される。毛細限界からくる最大熱輸送量の式に含まれるメリット数が大きくなるように作動流体を選定する。定性的には、表面張力が大きいと、毛細管力が大きくなるので、熱輸送量が増加する。密度と潜熱が大きいと流体の単位体積当たりの熱輸送量が大きくなる。また、粘度か小さいと流路抵抗が小さくなり、流体の熱輸送量が大きくなる。さらに、容器やウイックとの濡れ性のも考慮に入れなくてはならない。本研究では、濡れ性の観点からヒートパイプの熱輸送効率を改善する方法を模索している。

2.濡れ性と作動限界

ヒートパイプには熱輸送を停止させる多くの作動限界原因があるが、毛細管限界が支配する場合が大半となる。これは断熱部での還流現象が停止することに相当する。また、熱輸送率向上には加熱部の熱伝達率向上は不可欠であり、蒸発のみか沸騰を伴うかで熱伝達に影響し、この場合にも濡れ性が関わる。そこで、濡れ性が重要となる理由を毛細管限界と加熱部熱伝達への影響について考察する。還流メカニズムにおける毛細管限界の模式図を示す。加熱部で熱が加えられると液体表面から蒸発がおこり、蒸発分だけ液が失われ、蒸気圧力が上昇する。それにより、加熱部での液面はウィック頂部より下に沈むことになる。加加熱部の蒸気圧力は、冷却部での蒸気圧力より高いために圧力差が生じ,蒸気は冷却部へと流れる。しかし、加熱部と冷却部の圧力差がウィックによる毛細管圧力より大きくなると還流できなくなり、加熱部がドライアウトして熱輸送が停止する。これを毛細管限界と呼ぶ。

この圧力差は加熱部と冷却部の温度差に比例するため、熱輸送には限界が生じる。しかし、濡れ性が良くなる、つまり、接触角が小さくなると毛細管圧力は大きくなり、限界点を向上させることが可能となる。したがって、濡れ性変化による毛細管限界点の向上により熱輸送の向上が期待できる。

  •  図1 ウイック 還流メカニズムの概略図

3.可視化と今後の予定

ヒートパイプにおける熱輸送は、沸騰凝縮面における流体挙動と密接に関連している。マクロな熱輸送を計測しながら、ミクロな流体挙動との関連を明らかにすることで、熱輸送効率の改善につながるブレークスルーを見出したい。現在、沸騰・凝縮面、ウイックがすべて可視化できる小型装置を製作し、その可視化を計画している。

沸騰及び凝縮面での現象が、濡れ性とどのように関連するのか、ウイック内の流動と濡れ性の関連を可視化を通して理解を深める。ウイック(2mm×2mm)内を可視化するために、高解像度のCCDカメラを用いて、約5mm四方を時系列データとして撮影する。気泡発生の状況、凝縮過程を詳細に可視化し、画像処理の結果から熱輸送データとの関連を明らかにしたい。

超流動グループ

1.研究背景と目的

本研究ではHe4を極低温(約1.9[K])まで冷却した超流動He(HeⅡと略記する)を対象としている。HeⅡは粘性を持たず、高い熱伝導率を持つため、優れた冷媒として使われている。特に、核融合炉では高磁場を発生させる際、大電流をエネルギーロスなく流すための超電導マグネットの冷媒として用いられている。超電導マグネットの局所で温度が上昇して超伝導の崩壊(クエンチ)を起こした場合、発熱によりクエンチはマグネット全体へと広がり、爆発を引き起こす可能性がある。クエンチは低温システムにおいて危機的な状態であり、クエンチ状態のマグネット上でHeⅡは大量のジュール熱により膜沸騰を起こしている。したがって、超電導マグネットの安定化のためには、膜沸騰発生時の熱輸送への理解を深める必要がある。

本研究では、流動場の可視化と温度変動計測の同時計測により、膜沸騰時の熱輸送特性を明らかにすること。また、超伝導体の冷却体系の構築に貢献することを目的としている。実際の超伝導体の冷却体系は複雑であるが、先行研究では側壁が無いオープンな系が用いられてきたため、流路での熱輸送に関して十分な知見が得られていない。そこで本研究では最も単純な流路である1次元流路のダクトを対象とする。

  •  図1 Heデュアーの概略図

2.膜沸騰モード

 HeⅡには4つの膜沸騰モードが存在している。本実験体系ではHeⅡは常に飽和蒸気圧線近傍にあり、蒸気圧線近傍のHeⅡにはノイジー膜沸騰とサイレント膜沸騰があることが報告されている。ノイジー膜沸騰とは、大規模な繰り返しの蒸気泡生成およびクラッシュの結果、大きな可聴ノイズを生成する膜沸騰のことであり、サイレント膜沸騰とは、蒸気層は滑らかで、液体と蒸気膜の界面は安定した状態を維持して静かに沸騰する膜沸騰のことである。モードを決定するパラメータは圧力、熱流束、バス温度、実験装置の幾何学形状であると予測され、実験では圧力と熱流束を変化させることでその2つの膜沸騰モードを確認することができた。横軸に熱流束Q、縦軸に全圧力P(デュワー内の圧力とHe水位の水頭圧によってヒーターにかかる圧力)をとって、実験により得られた膜沸騰モードマップを作製した。本実験条件では、熱流束Qと全圧力Pによって膜沸騰が発生しない領域、ノイジー膜沸騰領域、サイレント膜沸騰領域に分かれることがわかった。

3.結果及び考察

矩形流路内でHeⅡに熱量を与え、発生する周期的な温度変動と音圧を計測した。計測された温度変動と音圧において高速フーリエ変換解析を用いた周波数スペクトルの結果から、支配周波数fdを算出した。また、与えた熱量のうち、最大熱流束を超えた熱量のみが気化熱として熱輸送されるというモデルを提案し、与えた熱量と最大熱流束との差を実効熱流束qαと定義した。支配周波数fdは実効熱流束qαによって一意的に決まると予測され、ノイジー膜沸騰発生時の熱輸送特性が明らかになったと考えられる。しかし、最大熱流束はヒステリシスを持ち、正確な値を得ることは困難と考えられる。今後はこの点を改善する予定である。


  • 図1ダクト内の超流動Heの沸騰の様子