研究課題:


ラドンを用いた大気輸送現象の評価方法の精緻化
 人々の居住環境にある物質は、おしなべて「風」により遠方よりもたらされます。最近話題のPM2.5や黄砂のように数1000km遠方より飛来する物質、地球温暖化(気候変動)に寄与する物質、さらに大気放出された人工放射性物質も「風」、すなわち移流・拡散といった大気の輸送現象に乗って動きます。大気中で運ばれながら、化学反応や凝集の様な変質を経て複雑な動きを見せます。空気中の様々な物質の動態を理解・予測するためにはその基本・土台となる大気輸送現象についての深い理解が必要です。

 ラドン(222Rn)、トロン(220Rn)は天然の放射性の希ガスで、土壌や建築物から常に大気中に放出されています。発生と消滅の機構が単純なため、大気による輸送の解析が比較的容易です。特にラドンは半減期3.8日で消滅するため、大気に乗って地球を1周して再び巡ってくるラドンはわずかで、数1000kmの範囲の大気輸送現象を表すのに適しています。大気中ラドン濃度の時間変動・分布を利用して、大気輸送現象の解析・評価方法の精緻化を研究しています。
 

1.大気輸送数値計算モデルの精緻化


 ラドンの特徴を利用して、様々な大きさの領域内での大気輸送を再現・予測する数値計算モデルの開発と向上を行っています。後述(2.)の大気中ラドン濃度の連続観測の結果(実測値)と数値計算モデルの結果(計算値)を比較し、実際に起きている大気輸送現象をより忠実に表現するための方法を検討しています。また、計算には後述(3.)の地表面からのラドン放出量分布の推定値を使用します。
 精度の良い大気輸送数値計算モデルは、大気汚染物質(SOx, NOx, 粒子状物質(PM)や黄砂など)や温暖化寄与物質(CO2, CH4, 粒子状物質(PM)など)の大気中動態の解明と予測の強力な手段となります。

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図1 数値計算モデルによるラドン濃度水平分布計算結果(東アジア)
  大陸から北西太平洋への大気輸送が再現されている >>動画(準備中)
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図2 数値計算モデルによるラドン濃度水平分布計算結果(南極周辺)


2.東アジア域での大気中ラドン濃度変動の連続観測


 図3のように、これまで東アジア域内の様々な地点で大気中ラドン濃度の連続観測を行ってきています。東アジア域・西太平洋の大気中ラドン濃度は冬に高く夏に低い季節変動を示します。大気中ラドンは陸地表面から供給され、海表面からの発生量は桁違いに小さいため、東アジア域が夏季に海洋からの気団、冬季に大陸からの気団に覆われる大気輸送の季節的特徴をよく表しています。また温帯低気圧の前線の通過により変動します。
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 図3 大気中ラドン濃度連続観測をこれまで行ってきた場所。
   観測場所の一つ、八丈島を上空から。

八丈島2012年3月
 図4 八丈島でのラドン濃度変動の観測結果(2012年3月)。春・秋には数日周期の変動が多く見られる。


3.ラドン散逸率(放出強度)分布の推定


(1)物理モデル


 土壌中のラドンの生成・輸送機構の物理の解明は、放出される高濃度ラドンの抑制技術や、他の気体の土壌-大気間輸送解明の対照につながります。更に、気象観測データと組み合わせることで大気へのラドンの供給量の全球分布の予測が可能になります(図5)。
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図5 地表から大気へのラドン222放出強度の全球分布推定結果

(2)観測と数値計算による逆推定


 ラドンの大気輸送の数値計算モデルの計算結果、ラドン散逸率(供給量)分布の推定結果、そして比較対象のラドン濃度実測値にはそれぞれ不確かさ、誤差が含まれます。物理モデルによるラドン散逸率(供給量)分布推定値を出発点にして、数値計算モデルが濃度の実測値を最も正確に再現するラドン散逸率(供給量)分布の逆推定を研究しています。

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図6 北極地域での地表から大気へのラドン222放出強度分布の逆推定結果

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